弦楽四重奏のための『糸杉』

 人を愛すると、こんなにも穏やかな気持ちを音楽で表現する事が出来るものなのかと思う曲集で、結果的に実らなかったにせよ(本人としては不本意でしょうが)、この『糸杉』を知る事が出来、また聴くことができるということは、音楽ファンとしては無情な喜びを感じます。ただ、作曲者が生前出版することなく破棄していることからも、なかなか演奏される機会もなく、埋もれてしまった秘曲のままというには、あまりにももったいない名曲だと思います。

 私はひょんなことから(図書館のライブラリーで)見つけたウィーン弦楽四重奏団の『アダージョ』(カメラータ東京)というコンピレーションアルバムの中に収録されていたのを聴いたことがきっかけとなりました。また、タイトルがギリシア神話にも馴染みのある植物名を冠していたこともあり、興味を引くこととなりました。しかし、なかなか全曲演奏や、オリジナルの歌曲をまとまった形で見つけることができません。あちこち探し回った結果、なんと『糸杉』の歌曲と弦楽四重奏曲カップリングされている一枚を見つけることができました。それがThe Delme String Quatetのアルバムです。ここではオリジナルの歌曲を(ドヴォルザークを意識して?)若きティモシー・ロビンソンがガラハム・ジョンソンの伴奏で切々と歌いあげています。

 その後も別の図書館で、ウィーン弦楽四重奏団が全曲演奏しているアルバム(すでに廃盤ですが、2005年に「CMCD-15054」として廉価版で再発されました)を借りることができました。私が購入したアルバムと、ウィーン弦楽四重奏団のアルバムでは曲順に違いがあり、疑問を残しつつも、この愛すべき曲集の異演に出会え嬉しく思っています。

 この曲集、編成こそ通常の弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1)とはいえ、全12楽章、その全てがアダージョやレントといった穏やかな調べで、それはまるで天国的な安らぎに満ちています。フィールドのノクターン集にも共通した穏やかさ。私は「星を眺める際に聴く音楽」を探していますが、このドヴォルザーク弦楽四重奏曲集は、フィールドのノクターンと共に星空のお供となってくれることでしょう。


 オリジナルは18曲からなる歌曲で、テノールによって歌われます。ギリシア神話ではこの「糸杉(サイプレス)」の語源としてキュパリッソス(Cyparissus)の神話があります。ケオス島出身でテレポスの息子キュパリッソスはアポロンに愛されていましたが、ある時、自分の過ちから死を願いました。しかしアポロンがそれを聞き入れず、聞き入れてもらえないのならいつまでも悲しみの涙を流し続けたいと願うと、アポロンは仕方なく糸杉に変えてしまった。というものです。


http://tupichan.net/Classic/Cypresses.html