フランスの作曲家、フィリップ・エルサン(1948-)が2014年に作曲した弦楽四重奏曲第4番「星空」というタイトルほど、星好きが興味を惹かれるタイトルはないのではないでしょうか。そして、このジラール兄弟が中心となったグループがカップリングとして選んだのが、ベートーヴェンが1806年に作曲したラズモフスキー第2番。これらのかかわりは、音楽史を紐解いてみないことには「おおっ」ということにはならないのですが、まずはベートーヴェン。
この作品に作曲家本人が愛読書の一つであるエマニュエル・カント(1724-1804)『実践理性批判』の「我が上なる星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない」という記述を引用したことでも有名。そして第2楽章を作曲するにあたり弟子のチェルニーに「星空のもとでの瞑想」と述べてたとか。こうしたベートーヴェンと宇宙(星空)のエピソードは、比較的有名のようです(私はベートーヴェンを聞くようになるまで知りませんでしたが)。
他にも読書家のベートーヴェンはヨハン・ボーデ(1747-1826)の『やさしい星学入門』も愛読していたようです。大自然からは多大なインスピレーションを受けていたことがわかるようですが、ボーデの本は、当時大ベストセラーになった一般向けの天文書でした。
この本を読んだことがないので、単に一般向けの最新の天文書と思っていましたが、最近読んだ『地球外生命論争』の中で、著者のボーデにふれ、彼は多世界論といった地球外生命に関する思想を持ち合わせ、それを『やさしい星学入門』に盛り込んでいたようです。それを踏まえると、ベートーヴェンもボーデの考えに感化されたと考えるシーンもちらほら見えてきます。特に第九に採用されたヨハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー(1759-1805)の歌詞など、ベートーヴェンを刺激したのもうなずけてきます。そんな宇宙に興味を抱いていた彼は、もしかしたら高橋至時らが翻訳したジェローム・ラランド(1732-1807)の『ラランデ暦書』も目にしていたかもしれません。原題はオランダ語で、単に『天文学』でした。この書にもボーデのようにラランデの思想が織り込まれていました(日本人にとってのラランデは、最新の天文学の部分が欲しかっただけなので、ラランデの思想までは手が回らなかった)。
ベートーヴェンは少年時代、屋根裏部屋から望遠鏡で遠くを見ることが好きで、日中は遠くのジーベンゲビルゲ山脈を眺め、夜になると星空に天体望遠鏡を向け、星を眺めることが好きだったというエピソードが残っているぐらいで、カント、シラー、ボーデといった著名人の著した天界に興味を持っていたのでしょう。しかもそれが顕著に表れたのが、人類の代表作と個人的には思っている交響曲第9番の歌詞の使用に結びついたのかもしれません。
そんな天界とのかかわりのあるラズモフスキー第2番をカップリングに据えたエルサンの『星空』も、これらのエピソードを念頭に耳を傾けると、ベートーヴェン的(ベートーヴェンからの引用あり)で夜想曲風の表情を垣間見せ、星空からのメッセージとも思える抒情的内容です。時にはショスタコーヴィッチの影響もちらほら、し、いかにも現代音楽を歌いだしますが。